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似非保守論説の歪みを糾す チャンネル桜の問題番組を考える
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【伊藤祐靖】意思決定法・勝つとは?負けるとは?[H21/7/14]
http://www.youtube.com/watch?v=FyYhg_orUjc

何となくみていたら、一見してやはり妙な感じを持ち、改めて見直し、本当に頭に来た番組である。こんなだらし無い自衛隊関係者の映像や発言は見たくも聴きたくもない!

全く以て士道不覚悟そのものではないか。
こんな自衛隊員(元ではあるが)の堕落した体たらくを公にさらす事は国の恥であり、諸外国から侮蔑を受けるのみならず、つけ込まれる隙を与えるだけであり、真に有害極まりない……と我は思う。


とにかく気がついた問題点をあげてみよう。


@先ず勝ち負けの問題において、戦争に於ける軍人の心得と個人個人の各争いの各人における思い、立場をゴッチャにしている。戦場に於ける軍人の心得、覚悟は一般の喧嘩とは違い、要するに自己の体や生命を犠牲にしてでも敵を倒す必要のある場合がある。そしてその時は飽くまで完全に敵を殺害する事までやるのが基本であり、これは当然の事であり、軍人の業であり定めである。
しかしながら個人同士の一般の戦い(喧嘩等)では自己の身を護る事がとにかく重要であり、そして実は相手の身をも護り、傷つけない事も大いに重要なのである。

A伊藤氏が作成して示す勝負の結果分析表で最も可笑しいのは双方無傷な状態においてでありながら敵を制圧していると言う日本武道の奥義であり、しかして基本とも言える部分の記載がないことである(最初から×になっている)。記載がないから当然その説明もない。当たり前ではあるのだが。
この人は武道の全くの素人と思われるが、その様な者の発言を聴いても余り意味がない様に思うし、全く馬鹿馬鹿しい様な感じもあるが、とは言え番組として流れてしまった以上(日本の将来を考えると)看過も出来ず……。ともかく分析を続けよう。

B勝負は自己が無傷で、しかして敵を傷つけたり、殺害すると確かに勝ちになるが、しかし『孫子』の時代、いやそれより遥か以前からそれは必ずしも善の善なるものとされてきたわけでは必ずしもない。孫子の場合は各国間の戦争の事を題材に説明しているのだが、日本の武道の場合はそれを各個人同士の争いに敷衍、縮小して、敵を傷つけずに制圧して勝つ術理と技法伝を長い伝統の中で工夫し、真に見事に体系化してきたと言う事を知らねばならない。

Cそこの解説がないのが全く異様。また葛城女史の立場も可笑しい。いや可笑しくなく、インタビュアーとしての立場で控えられたとも思われるが、女史の学ぶ合気道(プロフィールには合気道五段とある)や鹿島神流はその様な状態を前面に掲げた武道のはずである。
合気道は日本の伝統的古伝武術ではなく、極近代(昭和)、近代的風潮の中で体系化された所詮は現代武道ではある(解説7)が、日本伝統古式武道の極意的な部分を(残念ながら極一部でしかないが)ある程度継承し、ややそれをクローズアップした武道といえるのである。
鹿島神流についていえば、これも伝統的古流武術ではなく、成立はやはり極近代(大正、昭和?)に纏められたとも言われている(解説8)。内容的には古典的な一撃必殺剣法術理を秘めながらも、刀を用いても不殺に抑える捕手的要素を備えた比較的独得の剣術であり、GHQに対してその様な不殺剣法の業を実際に試合を以て示した事で著名である。

Dこの様な術理と技は日本古伝武術の大きな特徴であり、世界に誇れる部分であり、だからこそ日本武術は世界に大いに受け入れられ、各国警察官などが学ぶのに大変便利な武道として大いに隆盛していると考えられるのである。人を傷つけずに見事に制圧し、逮捕する捕手技術をここまで見事に体系化、発達させた伝統武道、体術は世界にはないのである(解説6)。
また素手での制圧のみではなく、刀の柄鞘、杖、半棒、短棒などを用いた逆手制圧術を伝え、「捕手剣術」とでも言うような驚くべき独得の世界を作ったのは正に古伝の日本武術である。

E葛城女史は多分、ゲストの発言と立場を重んじ何も注意をしなかったのかとは思われるが、いずれにしろ、何とも不可解な解説になっている事は事実である。ともあれ日本武術における敵を無傷で取り押さえると言う捕手式技術伝はある意味人類の理想とも言えるもので、日本武術が世界に冠たる由縁の一つでもあると我は思う。そしてその極意を如何に、もっと大きな兵法、つまり国家間の戦争における理想的戦闘術理にまで敷衍できるかと言うのがこれからの(日本、ひいては世界の)課題であるのではなかろうか。しかしながらそれは究極極意であり、そうそう簡単に現出出来る事ではない。
しかし近代兵器も単に破壊力を追求するのみならず、それを如何に無力化するかと言う工夫、つまり自国兵もそしてまた敵兵も出来るだけ傷つけずに敵の攻撃力をのみ削ぐ術理と技を磨く事は必ずしも全く出来ないわけではなく、出来得る限りと言う立場において大いに工夫と研究は成すべきである。
弾道ミサイルを水際で追撃したり、敵のミサイル基地をピンポイントで叩いたり、よって民間人、敵兵の殺害も最小限に留める。ここの部分の方法論と技術は人間自身のスキルに頼る事も多いとは思われるが、全く出来ない事ではないと思う。これからの(人類の)大いなる課題と言えるのではなかろうか。
ただ勿論この様な理想的な不殺の戦いを総ての場面で駆使出来るわけでは未だ未だなく、また人類の意識の高まりも未だ未だであり、至れぬ部分は破壊的武力によって制圧すると言う方法論も保有して置かねばならない事は当然である。

 

F以上述べてきた論述は伊藤氏の論の面妖さ、異様さを指摘してきたに過ぎないが、その次の発言は本当に酷いの一語である。
国防問題において、「命を賭けて戦うと言っても何の為に戦うのか? 今の日本の状態で守るべきものがあるのかどうか未だモヤモヤしている。日本の劣等な者たち、有象無象を守る価値があるのかどうか未だ悩みがある……(言葉その儘ではないが記憶による大意)」
流石に我もビックリ仰天して言葉を失った発言である。
自己の命を犠牲にしてでも国を守ると言うような行為は、実際に己自身が無言のまま「なす事」「行ずる事」であって肉の口吻を以て誇って語る事では決してない。

とは言い条、しかし曲がりなりにも国防に関わる者の言葉としてこの様な謂は正に如何なものかとは思うのである。諸外国の軍関係者から笑われてしまうのではなかろうか。
今日の日本の現状、特に政局等が真に憂うべき極めて酷い状態である事は我も否定しない。しかしそれはそれで、国防精神とは別の次元にてその憂いの延長線上、それをエネルギーの一つとして身を挺してでも努力し、糺して行くべき問題である。

前述の発言は軍事的な国防を担う立場の者の発言として決して発してはならない謂であると我は思う!

今日の日本の腐敗した現状はともかくとして、「父母在す事有り」「君主在す事有り」ではないか。軍人たる者がそれ以上の何の条件が必要と言うのか。どちらかの条件、たとい一方でも整えば全く必要十二分条件の話ではなかろうか。
これは或いは国によれば両方の条件すらも整わず、単に「同胞在す事有り」のみ、そして「大義」もない儘でも戦わねばならぬ事もある。それもまた軍人として当然の道であり、定めである……と我は思う。
「偽りも何か苦しき武士は忠ある道をせむと思はば」と言う古歌もある……。
また「君、君足らずと言うも、臣以て臣足らずんば有るべからず」が「武士の道」正に「防人の道」であるとも人は言う……。

しかしながら、我が日本国は維新以降の歴代天皇陛下、そして今上陛下に至るまで是れほどの名君、聖帝を連綿と頂いてきたのであり、よってこそ、アジアの中で日本が植民地になる事をついに免れ、全国民が白色人種の奴隷とされる事もなく、何とかやってこれたのである。そして大東亜の大戦では真に「大義」のある戦いを成すことが出来た……。この様な事は他国ではあり得ない無上の真に素晴らしい事なのである! その事にも何の感謝の言葉もなく、それとは全く逆の余りにも情けないヘタレの言葉であり、正しく士道不覚悟ではないか。この元自衛隊員の余りにも堕落した体たらくを本当に遺憾に思い、しかして万斛の涙で袖周辺をしとど濡らし……たいが、いや、この程度では泣くだけの価値もない。

G最後に葛城女史が先般の荒谷氏の発言をやはり、「国を護ると言っても今の日本の状態が護る価値があるかどうかと言う事を先ず指摘され衝撃をうけました……云々」的な発言をなしていた(記憶による大意)。真にしかりで、荒谷氏の発言はその様に捉えるしか、やはりないのではないかと我も思う。
これ以上の事は我も何をか言わんや。別にその気(国を護る心)がないと言うなら、正に何をか言わんやである。現代は徴兵制がしかれているわけではなく、また御両人ともに既に自衛隊を退職された身である様であり、普通の民間人としてご自愛なされ自己保身に十二分に気をつかわれながら暮らして行かれるのが良いのではないかと思う次第である。

国防の本当の当事者たる戦闘員の中に闘おうかどうかなどと四の五の理屈を付けてモヤモヤ迷っているような者がおれば軍全体の士気に関わり、足手まといになるばかりである。そんな者は押し入れにでも隠れて怯えながらも息を潜めて出てきてくれない方がよっぽど邪魔にならずに真に結構である。

その事に関しては別に我もその様な者を何も責めようとは、いや相手にしようとも思わない。
しかしながら公の場において余りに反国体的、左翼的、また柔弱発言を成された場合は我としてもそれなりには反対の聲を上げ、反論、異論を唱えて行かねばならぬとは思うのみである。

H以上、本番組をみて感じた事を述べてきたが、それを踏まえて、その前に思う事は伊藤氏の立場の不思議さある。我もちゃんと前からの番組(伊藤氏の出演した番組等)をみてきたわけではないが、この人は既に自衛隊を退職し、単なる民間人の様にも感じるが(しかも外国在住らしい)、何かを指導されている様ではあるが、何が仕事なのか良く分からない。発言内容は武術的にみれば全く素人であり、当然武道家でもあり得ない様に感じられる。戦略的な事の講義をなしてゆく事をビジネスにしている人かなと言う感じがもあるのだが、内容的には全く幼稚でレベルが低く、真に不思議な感じである。
荒谷氏当たりもビジネス合気道家のなだろうか? どうも不思議な人脈である。


ともあれ何度も述べてきた様に「チャンネンル桜」において右も左も色々な思想の者がそれぞれの発言を成すことまでは否定しようとは思わない。
しかしながら、そこにはある程度の権威や、また各人のレベルの、放送局としての判断基準はどこにあるのかは疑問には感じられた事である。
荒谷氏、伊藤氏、稲川氏等、特に彼らが研究書籍を出したり、また別のメディアの出演を含めてこれまでどの程度の業績があるのだろうか?
「チャンネル桜」も日本文化放送局を一応名乗っているのであり、やはりある程度以上のレベルの者の出演を願いしたいし、また左系の発言がある事は悪いとは言わないが、放送局自身は保守系を看板にしているわけあり、真理に背き、国益に反すると思われる部分においてはそなりの指摘をなし、反説も立てて行くのが本当ではなかろうか。視聴者への悪影響なども考慮しなければならないと我は思うし、とにかく情報の垂れ流しは無責任である。

 

●追記

こんな番組をみたら本当に諸外国、特に中共の軍部の者の侮蔑は免れないと思う。正に彼らの哄笑が海を越えて聴こえて来るが如くではないか。このままでは軍事的にも侮りつけ込まれる危険があると思うが故に我としても諸外国の為政者にここで一言述べ、釘を差して置きたい。

どの自衛隊員も同じではなく、たまたま極端に劣化した者をみてそれを総てとみて侮る事勿れ。口唇を以て国防や武を妙な理屈などで喋々はせずとも、いざとなったら四の五の言わず、国防に命を賭けるちゃんとした軍人も日本には未だ未だ無数にいる。いや何も職業軍人だけの話ではない。真の士道に生きている侍は日本全土に犇き、大義の為なら黙って身命をなげうつ至誠の人士も数多い。日本人総ての魂の奥底に根源的に存在する靈性、神性が消滅した訳では決してないのである……!

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